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Fiction お話

ごめん Tue 26 Dec 2000


 アイツとワタシのケンカにはルールがある。最初に仕掛けたほうが謝る―――これがいつの間にか暗黙の了解になってしまったふたりのルール。
 そう、ケンカの原因なんていうのはいつも些細なこと。
 アイツは疲れていたり、眠かったり、お腹が空いていたりしているとワタシが忙しくていっぱいいっぱいなときでもすぐに舌っ足らずな声で甘えてくる。ワタシはそれが面倒臭くてちょっと邪険にしてしまう。すると、アイツはふて腐れて膨れっ面をする。それにワタシがキレる ――― というのが大抵のワタシ達のケンカのパターン。
 こういう場合はもともと悪いのはアイツだから謝るのはアイツ。デザート作りというちょっと変わった趣味を持っているアイツは、放っておくとそのうち、
「なーなー、一緒に仕事してる女の子に杏仁豆腐のレシピ、教わったんだ。本物の杏仁霜、使うやつ。杏仁豆腐、好きでしょ?今度、作ってやるよー」
 などと、人が甘いものに目がないことにつけ込んで電話してきたりする。それで、最後に、
「・・・あっ、そーいやこないだはごめん」
と、取ってつけたように小声で呟いて電話を切る。
 上手く丸め込まれている感じもしないではないが、とにかく謝ったらゲームオーバー。それ以上はノータッチ。―――これもいつの間にか出来上がったふたりのルール。

 だけど、今回のケンカはちょっと違う。そもそも原因が珍しくワタシのほうだったのだ。
 20世紀最後のクリスマス。そりゃベイエリアのホテルなんてひと昔前のバブリーなクリスマスを望んでいたわけじゃないけれど、世間並みにふたりで食事するくらいのことはしたいと思うのがオンナゴコロというのものだ。それなのに、アイツはイヴイヴもイヴも、そしてクリスマス当日も仕事で遅くなるから会えそうにないと言う。
 仕事なのだから仕方がない。――― 理屈ではちゃんと分かっているのに押さえ切れなかった感情がつい思ってもいない言葉になって口をついた。
「ふぅん、仕事・・・ね。どこで誰とどんな仕事なんだか」
 その瞬間、アイツが滅多に見たことのないキツイ目つきででワタシを見た。
 ・・・しまった。そう思ったときにすぐに謝ってしまえばよかったのに、普段、謝り慣れていないものだから、そういう時にどんな顔をしてどんな言葉で謝っていいのかも分からない。ただアイツの視線が怖くて視線を逸らすのが精一杯だった。

 それ以来、アイツからは一度も連絡はなく、ワタシからも電話できないままに一日一日と時間は過ぎていく。電話してひと言ごめんと言えばいいだけなのに、それが出来ない自分の無意味なプライドが腹立たしい。
 結局クリスマスは出掛ける気にもならず、うちでぼーっとテレビの画面を眺めて過ごしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「バイク便です」
「はい?」
 バイク便のおにいちゃんが持ってきたのはコンビニのビニール袋。差出人はアイツ。
「はい?これ?」
「お届け物です。ハンコをここに。あ、サインでもいいっすよ」
 言われるままに差し出されたペンを取って受け取り証にサインをすると、なんだか意味深な笑いを浮かべつつバイク便のおにいちゃんは帰っていった。
 コンビニの袋の中には500mlの缶ビールが2本。意味が分からず、2本のビールをテーブルに並べて眺めていると携帯が鳴った。電話の主はアイツ。
「ねー、バイク便、届いた?」
「うん、今」
「中身、見た?」
「うん。何このビール?」
「こんな日に仕事なんかやってられっかって仕事場で仲間とこっそりビール飲んでたの。そのおすそ分け」
「バイク便でビール?」
「ま、いいじゃん。冷えてるうちにと思ってさ。ほら、早く開けて、早く、早く」
 そう言われ、耳に当てた携帯を肩で押さえて、ビールの缶を手に取るとプルトップを引く。
「ぎゃっ」
 その途端、手にしたビール缶から勢い良く泡が噴出した。
「あはは、引っ掛かったー」
 電話の向こうでアイツのいつもの笑い声が響いた。
「バイク便の人、よく仕事頼んでる顔見知りだから頼んどいたの、渡す前によーく振っといてって」
「もー、セーターびしょ濡れー。どうしてくれんのよ」
「びっくりした?」
「当たり前でしょ」
 そう言いながらもなんだか可笑しくて思わず笑い出してしまった。
「この前、意地悪なこと言われたから、そのお返し」
 アイツが笑いながら言う。その口調には嫌味は感じられなかった。
「でさ、何か言うことあるでしょ?」
「あ・・・」
 ここでごめんと言えばいい。たったひと言なのになぜだか言葉が出てこない。
「ま、いっか。ホントはさぁ、こんなこと言ってやらないんだけど、今日はクリスマスイヴだから特別。」
 どうしても出てこないごめんという言葉の代わりに目頭が熱くなって、鼻の奥がクスンと鳴る。 それが聞こえているくせにまるで聞こえてないかのようにアイツがしゃべり続ける。
「ねぇ、クリスマスって何の日か知ってる?」
「え?そりゃ、キリスト様の誕生日・・・」
「じゃなくて、クリスマスってさ、優しい気持ちになるための日なんだって」
 どっかで聞いた台詞・・・。
「・・・それってなんかの歌の歌詞でしょ」
 誰の歌だっけ?あー思い出せない。
「ま、いいじゃん。ってことで、優しい気持ちで特別大サービス。ケンカはこれにて終了」
 また鼻の奥がクスンと鳴る。
「クリスマスはまたやり直ししような」
「うん」
 鼻の奥をクスンクスンと鳴らしながら、返事をするのが精一杯。
「じゃ。」
 電話が切れそうになる。そう思ったら思わず呟いていた。
「・・・ありがと。・・・ごめん」
 一瞬、空白の時間が流れたあと、電話の向こうからは笑い声。
「おーよく言えました。いつ振りかなぁ、その台詞聞いたの。いつもオレばっか言ってるもんなぁ」
 アイツが得意げに笑いながら言う。そういうところがやっぱり可愛くない。だけど、今日は完全にワタシの負け。
 電話が切れたあとで一気飲みしたビールはいつもよりちょっと苦いような気がした。


クリスマス前にちらっと思い付いて書きかけたのですが、なんかテレテレに甘くて自分でもこっぱずかしくて途中でお蔵入りさせようと思ってたんです。が、ま、久し振りだし、リハビリ程度に・・・ってことで。クリスマス過ぎちゃいましたが。(苦笑)
ちなみに「クリスマスは優しい気持ちになるための日」という歌詞は槙原敬之さんの『雪に願いを』のものです。

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