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Fiction お話

会いたい Fri 14 Feb 1999

** BOY’S SIDE **

「え?出張?」
「おう。2月の13と14。札幌な。」
「13・14って土・日じゃないですか?」
「そりゃ、クライアントがデパートなんだからしょうがないだろ。」
「あの仕事の担当、メインは太田さんじゃないですかぁ。なんで俺なんすか?」
「今回は金の話が中心だからさ、札幌支店の営業に任しときゃ大丈夫。 クリエイティブからは付き添い程度に誰かいてくれりゃいいんだと。 接待費で夜のすすきので遊んでさ、代休も取れる...と。な、美味しい出張だろ? お前に譲ってやるんだ、感謝しろよ。 それに、うちさぁ、結婚して初めてのバレンタインじゃん。ハニィと食事の約束してんだわ。」
 言いたいことだけ言って、先輩の太田はさっさといなくなってしまった。
(けっ、な〜にが「ハニィ」だよ。結局、最後のワンフレーズが本音じゃね〜かよっ。)
 広告代理店のクリエイティブ部勤務とはいえ、中小企業のしがないサラリーマンに変わりはない。 先輩に反感を買って人間関係を悪くすると後がやっかいだ。
(バレンタイン、出張かぁ...。)
 思わずため息が出た。

 彼女とは、クリスマスから会っていなかった。いや、正確にはクリスマス前からだ。 年明けからスタートする旅行代理店の春のツアーのキャンペーンの仕事を任されたため、 去年の秋から仕事が忙しくなり始めた。
「仕事なら仕方がないよね。」
 自分自身も不規則に忙しくなるコンピュータ業界に身を置く彼女は、そんな状況にも理解を示してくれた。 しかし、11月に入ると更に仕事は忙しくなり、休日出勤は当然、徹夜も珍しくなくなってきた。 毎日仕事で手一杯。電話でも彼女に話すのは仕事の愚痴ばかりになり、 彼女が両親に苦しい言い訳をしてアパートに泊まりに来てくれてもゆっくり愛しんでやることもできなかった。 きっと随分我慢してくれていたんだと思う。 でもその頃は、一言も不満らしいことを口にしない彼女の思いやりに気づく余裕すらなかった。
 12月も半ばになり、やっと仕事も目処がついて、少しペースダウンした。
(クリスマス・イブは2人でゆっくり過ごそう。)
 前から一度泊まってみたいと彼女が言っていたベイエリアの新しいシティ・ホテル。 クリスマスはすでに満室と言うそのホテルの予約を 営業部の同期に拝みこんでコネを使って取ってもらい、25日は無理矢理、休暇を取った。
「ホントに?嬉しい。楽しみにしてるからね。」
 久し振りに心から嬉しそうな彼女の声を聞いたような気がした。

 が、しかし世の中そう上手くはいかない。12月24日の夕方、急に彼女から電話が入った。
「ごめんなさい。今、緊急の会議中なの。来月の展示会、急に企画の変更が入っちゃって。 何時に終わるか分からない...多分、遅くなると思う。 明日も休めそうになくなっちゃったの。ホントにごめん。」
(なんでだよ。前から約束してたじゃね〜かよっ。)
 この数ヶ月、自分は仕事と言って彼女を振りまわしたくせに、いざ彼女にそう言われると ついそんなふうに思ってしまうから、人間なんてワガママな生き物だ。
「わかった、もういいよ。」
 思わず声を荒げて、ガシャンと音を立てて受話器を置いてしまった。 結局、2人で過ごすクリスマスを楽しみにしていたのは、実は自分のほうだったんだと改めて気づいた。

 それ以来、彼女から電話は無かった。 こちらから電話するのもなんだか癪なような気がして、そのまま年末は田舎に帰ってしまい、 音信不通のまま新しい年を迎えた。
 こういうのは、時間が経てば経つほど連絡しにくくなる。東京に戻るとすぐに、思い切って電話を入れた。 彼女の声は何事も無かったかのようにいつも通り明るかった。 彼女がクリスマスのことには触れなかったので、こちらも謝るタイミングを逃したままになってしまった。
 一見、二人の仲は元に戻ったかに思えたが、 彼女は年末からの仕事が忙しいらしく、夜、電話をしても会社で残業していたし、 休日も出勤が続いていて、ゆっくり話をすることさえままならなかった。
 なんとなく目に見えない溝ができたまま、2月を迎えようとしていた。
(このままじゃ、ヤバイかもしれない...。)
 『バレンタイン・ディ』はそんな危険な状態の2人にとっての最後の頼みの綱だった。



** GIRL’S SIDE **

「出張?福岡にですか?」
「15日からの展示会のデモンストレーションなんだけどね。 川野さんがスキーで捻挫しちゃったでしょ? 申し訳ないんだけど、その代わりをお願いしたいんだよ。」
「15日の朝からですか?」
「いや、前日入りでセッティングと動作確認もね。」
「はぁ...。」
「ん?なにか問題ある?」
「いえ...。」
(この人に『バレンタイン』なんて言っても無駄だろうな。)
 義理チョコのひとつにも縁がなさそうな課長のデスクを後にしながら、思わずため息をついた。
(なんでこんなときにスキーで怪我なんかするのよ〜っ。)
日ごろから仲良くしている同僚の川野だったが、さすがにこの時ばかりは彼女を恨んだ。

 秋頃から彼の仕事が忙しくなってきた。 初めて任された大きな仕事に張り切っているのがよくわかったから、邪魔はしたくなかったし励ましたかった。 自分がコンピュータメーカーの広報部で展示会やイベントのデモンストレーションを仕事にしているため、 広告代理店に勤める彼の仕事も想像がつかないわけではない。 実際、彼とは自社の新製品のプロモーション・イベントの仕事を通して知り合ったのだ。 会えない時間を我慢して、会えるときにはできるだけ彼が気を使わなくてもいいようにしたつもりだった。 そしてようやく彼の仕事も落ち着いて、クリスマス・イブは久し振りに2人でゆっくりできるはずだったのに...。
 今度は自分のほうの仕事に邪魔された。本当は会議も仕事も放り出して彼と会いたいくらいだった。 泣きたい気持ちで電話を入れたのに、彼は不機嫌に電話を切ってしまった。
(わたしだって楽しみにしてたのに。今まで我慢してきたのに。なによ、バカっ。)
 さすがにキレてしまい、自分から電話するもんか...と思ったが、彼からも電話はないまま年が明けた。
(これで終わりなのかな?)
 そんなふうに不安に思っていたところにやっと電話がかかってきた。 彼はクリスマスのことには触れなかった。何事も無かったかのように話を続ける彼に疑問を感じたものの、 ここでそのことを蒸し返したら決定的な大喧嘩になってしまいかねない。 結局その話題には触れなかったが、そのことは心のどこかで小さなしこりとなって残った。
 そのせいもあってか、会いたいくせになんだか会うのがためらわれ、 仕事が忙しいのを言い訳にして、たまに電話で話すだけの日々が続いた。 彼のほうも無理にでも会おうとは言わなかった。 そんな状態のまま、もうすぐ2月になろうとしていた。
(会いたいよ。そっちはそうじゃないの?ホントはどう思ってるの?)
 『バレンタイン・ディ』、女性から気持ちを打ち明けられるその日は、 彼の気持ちを聞けるラストチャンスかもしれなかった。

「バレンタイン、出張になっちゃったの。」
「え?そっちも?」
「そっちもって?」
「俺も13日から出張。札幌なんだ。多分、帰りは14日の夜になると思う。」
「そう。私は福岡。14日の朝からで、帰りは15日の夜の便かな。」
「仕事ならしょうがないよ...な?」
 クリスマスの一件以来、彼は遠慮しているのか物分りが良すぎた。それがなんだかかえってよそよそしく感じられる。
(ホントに「しょうがない」って思ってるの?)
 このままだと本当に2人の心は離れてしまう。このままにするわけにはいかない...そう思った。



** BOY’S SIDE, AGAIN **

 バレンタインの札幌の街は、日曜ということもあってさすがにカップルの姿が目立つ。 仕事は問題なく終わったものの、千歳空港へ向かうタクシーの後部座席で札幌の街並を眺ながら、 言いようの無い不安感と寂寥感に襲われていた。 俺は札幌、そして彼女は1400km離れた福岡。その距離が今の2人の心の距離のように思われた。
(会いたい。)
しかし、夕暮れの札幌から福岡に向かう手段はもう無かった。 荷物を手に出発ゲートに向かおうとした時、携帯電話が鳴った。
「はい。」
「あ、わたし。」
 彼女からだった。懐かしくて思わず涙が出そうになった。
「今、どこにいるの?」
「千歳空港。これから飛行機に乗るところ。」
「よかった、間に合った。あのね、羽田に着いたら、お願いがあるんだけど、いい?」
「何?」
「出発ロビーのAゲートの前のコインロッカー、分かる?暗証番号式のヤツ。」
「うん。」
「そこの20番のロッカーにね、荷物預けてあるんだ。その荷物、持って帰ってほしいの。 あ、暗証番号は0214ね。」
「・・・。」
「ね?聞こえてる?」
「あ、あぁ、わかった。20番な。0214。オッケー、預かっとくよ。」
「お願いします。じゃ、気をつけてね。」
「うん。そっちも仕事、頑張って。」
「ありがと。」
 そう言って電話は切れた。
(「会いたい」ってなぜ言えなかったんだろう?)
 羽田へ向かう機内でずっとそのことを考えていた。

 羽田空港で到着ロビーから出発ロビーへと上がり、目的のロッカーを探した。そのロッカーはすぐに見つかった。 暗証番号を押すと、カチッと音がしてロックが解除された。 扉を開けると、そこには一枚の白い封筒と紙袋がひとつ入っていた。 不思議に思いながらそれらを取り出して、 出発便が残り少なくなり人影もまばらになった出発ロビーのベンチに腰を降ろした。
 封筒には彼女の筆跡で俺の名前が書かれていた。 封を開けて中を取り出すと、それは小さなハートの描かれたバレンタイン・カードだった。 2つ折にされたカードを広げると、そこにはひと言だけ小さな文字で書かれていた。

「会いたい」

 紙袋には、綺麗に包装された外国製のチョコレートの包みと、金色のリボンの掛かった 箱に入ったブランド物のネクタイが入っていた。 思わず椅子から立ち上がり、カバンの中の携帯電話を取り出して、彼女の携帯の番号をプッシュした。

 今度こそちゃんと言おう、俺も会いたい...と。そして、明日、ここに迎えに来るから...と。


(あ・と・が・き)
バレンタインに間に合わせたくて、大急ぎで書いたんで、実はあんまり気に入ってはいないのですが...。
なら載せるなって?その通り。(笑)ただの言い訳ですね、スミマセン。(^^ゞ

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