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お話 |
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お茶しよう | Sat 4 Mar 2000 |
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「なかなか暖かくならないんだよなぁ。な?」 そうだね、もう3月だっていうのに、まだ北風が冷たいね。 だから映画でも見に行こうって言ったのに、久しぶりに散歩したいって言ったのはそっちのほうだよ。 千駄ケ谷から神宮外苑を抜けて、青山通りを渋谷方面に下ると、表参道を右に折れて明治神宮の方へ。 寄り道しながらゆっくり歩けば半日は潰れるこのコースが、彼のお気に入りのお散歩コース。 冬は人もまばらで静かな神宮外苑、お洒落な店舗が並びお洒落な格好のカップルが行き交う青山通り、 表参道の若者や観光客の波を抜けると、最後に緑の木立の中にひっそりと佇む明治神宮。 次々に表情を変える街の風景や人々の様子が彼はとても気に入っているらしい。 前に来たのは秋も深まった頃。外苑の銀杏が黄金色に染まってとても綺麗だったのを覚えてる。 「おまえ、手、冷てぇ〜。手袋持ってくればよかったのに。」 一緒にいるときにわたしが手袋なんか持ってこないのを知ってて、何言ってんだか。手袋、嫌いなんでしょ? 手をつないだ時に直接肌が触れないから、直接温かみを感じられないから嫌いだっていつも言うでしょ? だから、半袖の季節はやたらと腕を組みたがるくせに、冬場は腕を組むのを嫌がって手をつなぎたがるんだよね。 彼がつないだままの手を自分のコートのポケットに入れたので、彼との距離は自然に近づいた。 その濃いネイビーブルーのウールのピーコートを彼はもう何年も愛用しているらしい。 肩幅の広い彼にさえゆったりめのそのコートはポケットも大きくて、つないだふたりの手がポケットの中で泳ぐ。 彼に言わせればこのポケットの大きさが良いんだとか。 歩きながらふと隣を見上げると、髪を切ったばかりの彼の横顔がそこにあった。 新しい髪型はまだ見慣れなくて、この前までは柔らかな髪の毛に隠れていた耳が見えるのがちょっと不思議な感じだ。 何を思ったのかかなり短くした衿元が寒そうで、あとでマフラーでも買ってあげようかなと思った。 「う〜、さぶっ。もうダメ。どっかあったかいとこでお茶しよ、お茶。」 待ってたんだ、お茶しよ、ってそのひとこと。 こんなに寒くても並んで歩きたくなるのは、その後ふたりで向かい合って飲むお茶が美味しいからだと思わない? 表参道沿いのビルの2階にある喫茶店を見つけて、彼が歩くスピードを早めた。 歩道から直接2階へ上がる階段をわたしの手を引いたまま、とんとんとリズミカルに上がって行く。 扉を開けて一歩店に入ると、中は程好く暖房が効いていて冷え切った身体に心地良い。 土曜日の昼下がり、ほとんどのテーブルは埋まっていて、店内は人々の話し声でざわついていた。 「2人なんですけど。」 彼が声を掛けた店員の女の子が、そちらへどうぞ、と示したほうを見ると、 入り口のレジの陰になった窓際に4人掛けのテーブルがひとつ空いていた。 「ラッキィ。」 小声で呟いて、彼はつないでいた手を離してその席に着く。 手が離れる瞬間はいつも、妙な解放感を感じてほっとすると同時にたまらなく不安で所在無い気分になるのはなぜだろう。 わたしがもたもたとジャケットを脱ぐのに手間取っている間に、 彼はさっさとコートを脱いでそれを空いている椅子の背に掛けると、座ってメニューに見入っていた。 コートの下はビビッドなペルシアンブルーのニット。 人目をひく鮮やかな色の洋服がいつも不思議と似合ってしまう人だ。 さっきの店員さんが水の入った2つのコップを静かにテーブルの上に置いて、ご注文は?と尋ねた。 ねえ、そうやってメニューを見ているときっていつもすごく真剣な表情をするよね? まるで難しいパズルを解くみたいに眉間に皺が寄ってるの、わかってる? でも、その割には注文するのはいつもいつも同じもので・・・。 「俺、カフェオレ。ミルク多めでお願いしますっ。それと・・・。」 彼がわたしを見て、いつものでいい?って感じでちょっと首を傾げてみせたので、うん、と軽く頷く。 「アールグレイをストレートで。」 両手でパタンと閉じたメニューを返しながら、どうしてそんなふうに店員さんに笑顔を振りまくわけ? そりゃ、今の彼女、可愛かったし、制服の黒いミニスカートの下の脚はすらりとキレイに伸びていたけど。 ・・・でも、ま、いいか、わたしのお茶の好みを覚えていてくれるから大目に見てあげよう。 しばらくして、わたしの前にはティーカップとお揃いのティーポット。 1杯目の紅茶は店員さんがカップに注いでくれた。 そして、彼の前には少し大きめのカップにたっぷり注がれたカフェオレ。 カップから立ち昇る湯気を見ているだけでなんだかシアワセな気分になる。 わたしはシュガーポットからブラウンシュガーのかたまりをひとかけらトングでつまみ上げ、 彼のカフェオレカップに静かに落とす。 それがわたしの役目になったのはいつの頃からだったか、もう覚えていない。 彼が右手の親指と人差し指でシルバーのスプーンを取り、カップの中をくるくるっと器用にかき混ぜる。 そして、人差し指を持ち手に掛けてカップを持ち上げると、ふぅっと息を吹きかけて、口をつける。 そっとひとくちだけ。そして、すぐにカップをソーサーに戻した。 「ね、砂糖、もう1個。ちっちゃめのやつ。」 それくらい自分でやりなよ、甘えん坊さん。 わたしはもう一度シュガーポットの蓋を開けて、中から小さめのかたまりを見つけると、 彼のカップの中にそっと滑らせる。 すると、もう一度、彼の指がスプーンをつまみ、カップの中をくるくるっとかき回す。 そしてもう一度カップを持ち上げて、カフェオレを口にする。 ひとくち飲んではカップを包むように左手を添え、窓の外を行き交う人を眺めたり、わたしに何か話し掛けたり。 そうして、また思い出したようにカップを口に運ぶ。 わたしはそんな彼の手元をぼんやり眺めながら、 手が大きい割には小さくて丸っこい爪だよなぁ、とまったく関係の無いことを考えていた。 「このあいだ、友達と入ったサテンでカフェオレ頼んだら、ほら、なんていうの、御飯の茶碗みたいやヤツで出てきてさ。 持つとこないじゃん、アレ。どうやって飲んだらいいかわかんなくて、あせった。」 カフェオレボウルね。確かにあれって飲みにくいよね。 でも、今持っているカフェオレカップも持ち手が小さくて、その太い指には持ちにくそうだよ。 あれ?そういえば、今日は左手の小指の指輪、してないんだね? 「昨日、洗面台で外して置いたまま忘れてきちゃった。」 そうか、だから今日はつないだ手の感覚がちょっと違ったんだ。 わたしは残りが少なくなったティーカップにポットから紅茶を注ぎ足し、 カップを持ち上げて両手で覆うように包み込んだ。 抽出時間が長かったのか少し濃い赤褐色の液体からは、アールグレイ特有のちょっとクセのある香りが広がっている。 そのお茶をこくんとひとくち飲んでふと視線を上げるとそこにいつもの笑顔があった。 それがたまらなくシアワセで・・・。 だから、またお茶しようね、ふたりで。 |
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フィクションと言いつつ今回は特にストーリーらしきものはありません。
ただオトコのコとオンナのコが散歩してお茶するだけ。(苦笑)
これにまつわる戯言は こちら でどうぞ。 |
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