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Essay エッセイ

ライターという仕事の難しさ Wed 23 Sep 1998 (秋分の日)

TVぴ○のSMAPライブリポートが実に良くて嬉しくなっちゃいました。

慎吾のちょっと大人びた表情の写真もよかったのですが、添えられていた文章が また実にわたしのツボをついていました。
最近の慎吾に「大人の男」を感じるのはやっぱりワタシだけじゃなかったか!

それにしても、慎吾に対する表現だけでなく、他のメンバーの誰についても かなりファンのツボをついた文章で、 これを書いたライターさんもかなりのSMAPファン?(笑)

いろいろなメディアでSMAPに関するいろいろな記事を読みます。
共感できる文章もあれば、あれって思うこともあります。
もちろん書いている方はSMAPファンでない場合がほとんどでしょう。
書かなければならない対象はもちろんSMAPだけではないでしょうから、 日々、いろいろなジャンルの人やものごとを次々と取材しなければならない。
(プロ野球などのスポーツ記者さんと違って、「SMAP番」なんてのはないでしょうからね。)
ですから、始終SMAPばかりを見つづけているわたしたちよりもSMAPを 知った上で記事を書くなんてことは出来なくて当然なのです。
でも、プロとしては、短い取材時間で本質を捉えてそれを文章にしなければならない。
その文章は、
 ・まずはファンが納得するようなものでなければならない。
 ・でもファンでない人でも楽しめなければならない。
 ・その上、そのライターの個性が出なければ面白みがない。

そんなふうに考えると、プロのライターというのは難しい商売ですね。
わたしがここで書いている文章なんかは、もともと人に読ませることを想定していないし、 ましてやSMAPファンでない方にはくだらないと思われて当然!(笑)
そう思っているからこそ、こうやって気楽に楽しく書いているんですけど...。

最近、書くことの難しさをより感じるようになったからこそ、 今回のように「うわぁ、ツボを得てるよな〜!」と思うような記事に出会うと本当に嬉しくなります。
今回の記事、きっとステレオタイプにしかSMAPを捕らえてなかった方に少し違ったSMAPを 感じてもらえたのではないでしょうか?

プロのライターの皆様、ぜひともSMAPをどうぞよろしく。
少し踏み込んだ「それぞれのSMAP」を表現してあげてください。
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18歳の輝き Sun 13 Sep 1998
[夏コン 大阪2日目]

9月9日、SMAPのCDデビューから7年。
SMAPが結成されたのはそれよりも更に3年も前の10年前。
当時、慎吾クンは11歳?感慨深いですね。

もともとわたしは「あすなろ白書」の拓哉様で本格的にSMAPにハマったのですが、 そんな私の中に鮮やかな印象を持って滑り込んできたのが 「18歳の香取慎吾」でした。

「沙粧妙子」、このドラマの1クールの中で、彼が出演したのは最初の3話のみ。
でもその3話で、彼は1クールのドラマに主演する以上に強烈なインパクトを わたしの中に残したのです。

洗脳された殺人者という役どころの特異さに助けられた部分は確かにあったでしょうが、 そのときにわたしが彼から受けた印象は、「なんて不思議なコなんだろう...。」 というものでした。
がっしりした体躯に反して、まだあどけない少年っぽさの残る顔つき。
それなのに、時折こちらがドキッとするほど醒めた表情や寂しげな表情を見せる。
そのアンバランスさがなんとも言えずわたしの心を捕らえて離しませんでした。
慎吾クンはSMAPのメンバーとして「少年」から「男」へと変化してきました。
18歳当時の彼は、その変化の真っ只中で必死に悩んでもがいていたからこそ 特別な輝きを持っていたのではないでしょうか?

あれから3年。慎吾クンはあの頃よりぐっとオトナになりました。
傍目には相変わらずやんちゃなSMAPの末っ子...
今でも彼のことを「可愛い」と表現してくださる方は大勢いらっしゃいますが、 でも、その「可愛い」は数年前の「コドモの可愛さ」ではなく、 「オトナの男の可愛さ」になってきたように思います。
「オトナ」なんて言われるのは、いつでも子供の心を持ちつづけたいと願う 慎吾クンにとっては心外かもしれませんね?
でもわたしには、最近の彼が「オトナだけに許される自由さ」を身に付けて、 少し肩の力を抜いて生きていけるようになってきたように感じられるのです。
そして、その余裕は徐々に男の「艶っぽさ」や「セクシーさ」になって現れてきていると 思います。

慎吾クンはどんどん「イイ男」になっていると思います。そして、そんな彼を見ているのが好きです。
でも、「18歳の香取慎吾」は今でもわたしの中に大きな存在感を持って留まっています。 そしてきっとこれからも...。
彼がこの先どんなふうに変わろうと、その存在感がある間はやっぱり香取慎吾のファンを止められないと 思うのです。
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ワタシがコンサートに行く理由 その2 Mon 7 Sep 1998

SMAPのコンサートにリピータが多いもうひとつの理由は その「双方向性」あるいは「一体感」だろうと思います。
普段はブラウン管で、誌面で、あるいはラジオで彼等の姿や声を 受け取るしかないわたしたちが少なからず彼等とコミュニケーションが図れる... そんな気にさせてくれる唯一の場がこのコンサートだと思います。

SMAP以外のアーティストのステージも少なからず見てきて、そして感じること。
彼等のステージは正直なところ、完璧とは言えない部分もあると思うのです。
彼等によって完璧に作り上げられた音楽性・芸術性・エンターテイメント性を持って 客席にただそれを受け止めろといっているわけではないと思うのです。
それでも、SMAPのコンサートは面白い。
それは、音楽も唄も踊りもステージ構成も決して彼等だけでは完璧ではないものを持って、 彼等はあえてわたしたち観客にコンサートと言うジグソーパズルの その最後のワン・ピースを埋めろと言っているところではないか思うのです。

 「KANSHAして」に合いの手を入れる。
 「あろはわい」に、そして「おいらの人生のっぺらぼ〜」で一緒に踊る。
 MCでの彼等のボケにお約束の突っ込みを入れる。
 彼等も客席からの声に応えを返し、客席から投げ入れられるぬいぐるみや髪飾りなどを 受け取ってはそれにちゃんと反応してくれる。

そんな彼等との双方向のコミュニケーション、 客席がSMAPのメンバーと一緒になってステージを作っているという一体感こそが SMAPのコンサートの醍醐味だと思うのです。
客席と一緒になって作り上げていくコンサート。
だからこそ、彼等のコンサートはその度毎に違う形に完成されるのだと思います。

そんなSMAPのコンサートも今年も残すところ数回。
さて、今年はあと何回彼等と一緒にステージを作ることができるかなぁ?
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ワタシがコンサートに行く理由 その1 Sun 6 Sep 1998

今年はSMAPのコンサートに既に2回行きました。
去年も一昨年も1回だったのですが、今年はどうしても1回で我慢ができませんでした。
イイ歳(?)をしてSMAPに夢中の「放蕩ムスメ」に実家の母も少々呆れ顔。(^^;
(ま、それでも多分イチバンの良き理解者なんですけどね...。)
「おんなじコンサート何回も見て面白いの?」と訊くのであります。
そこで「はて?」と考えたわたし。
そうだよねぇ、普通同じコンサート何回も見たら厭きそうなもんだけど?(笑)

わたしの考えるSMAPのコンサートの魅力。
まずその1つが「不定性」です。
(「不常性」?「一時性」?あぁ、しっくりくる単語が浮かばない。ボキャブラリの貧困なワタシ。^^;)

同じ構成のコンサート、でもその一回一回がその場限りのものだということです。
仙台から始まって東京ドームで終わる3ヶ月に渡るツアー。
少なくとも1週間以上の間隔を空けて行われるSMAPのコンサートは、 その間でメンバーのコンディションがかなり変わるようです。
(それが誉められるべきことか、咎められるべきことかは別として...。)
その間に新しい仕事が入ったり、新しいCDがリリースされたり、髪型が変わったり。
  (慎吾ぉ、アンタのことよ〜。ツアー中、もう2回も髪型変わってんのはっ!!!)
ステージごとに変わるモノの典型が毎回30分以上に渡る「MC」!
そのMCの話題は彼等を取り巻くその時その時の状況で変わっていき、 一度として同じ話題になることはないようです。
また、ステージごとにちょっとした失敗があったり、いろいろなハプニングが起こったりすると、 その時々のメンバーの表情はその場限りのものになります。

そして、場所が変わり会場の規模が変わると、コンサートの雰囲気はまたガラッと変わってしまいます。
ドームのコンサートでは何万という客席の熱気が独特の高揚感を作り出し、 何千単位の小規模の会場では、アットホームな優しい雰囲気が漂います。 これがホントに同じコンサートかと思うほど。
また、会場のあるその土地の「土地柄」もそのコンサートの雰囲気を左右するようです。

そして、変わるのはSMAPのメンバーだけではありません。
何よりも変わるのは、きっと客席にいるわたしたちだと思うのです。
ステージ上にいるメンバーは同じ5人でも、その会場に集まる観客は一度として 同じ顔ぶれで集まることはないのです。
3ヶ月に渡るツアーでは、季節も変わり、SMAPを見に集まるわたしたちの気持ちも その時々によって変わります。
仕事もプライベートも最高に調子の良いときもあれば、いろいろなことが上手くいかず 鬱々とした気持ちを抱えているときもあります。
ステージ上の彼等を見るわたしたちの気持ちによって、同じステージもまったく違う印象を 与えるのでしょう。

そういういろいろなファクターが絡み合い、 SMAPのコンサートはまるで生き物のようにその回その回で違う表情を見せるのです。

どの回のステージが良くて、どの回は悪かったとは言えないと思います。
ツアー中一度しか見に行けない人にも、複数回見る人にも、その回のステージはその回限りのもの。
チケットが与えられたそのステージをSMAPのメンバーと共に精一杯楽しもうという気持ちで望みたい。
...わたしはそんなふうに考えています。

そして、SMAPのメンバーにも「一期一会」の気持ちを持って、 その回その回のステージを一生で一度限りのものとして、 その時々の彼等のベストを見せてもらいたいと「いちファン」として切に願っているのです。
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