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Fiction お話

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リリ [その2]

 2月になって、学校はすっかり受験ムード一色に包まれていた。
 受験にために欠席するクラスメイトがちらほらと目立ち始め、 授業のほうも、さながらプロ野球の消化試合のような気合の入らない感じになってきていた。 わたしは早々に近くの短大に推薦入学が決まっていたので、気分的にのんびりしたものだったが、 みんなが受験で盛り上がっている中では、ちょっと疎外感を感じて寂しい気もしていた。 午後は自由登校になったりしていたし、友達のほとんどが受験で遊び相手もいなかったので、 以前に増してわたしはアトリエにいる時間が長くなった。

 そんな2月後半のある日、受験のストレスを発散したいという友達と連れ立ってカラオケに繰り出した。 久し振りだったせいもあってずいぶん盛り上がり、カラオケボックスを出た頃にはすっかり夜が更けていた。
 門限も過ぎていて、このまま帰ってはパパに怒られてしまう。 そう思ったわたしは、シンちゃんになんとかしてもらおうとアトリエに寄ってみることにした。 うちのパパもママも、なぜかシンちゃんにはとっても寛容だから、シンちゃんに送ってもらえばパパのお小言も少しは減るし、 運良くパパがシンちゃんを相手にお酒でも飲み始めてくれれば、今夜はお小言から免れることができるかもしれない。

 幸いアトリエの窓にはまだ灯りがついていた。
 わたしは階段をトントンと駆け上がり、そっとアトリエのドアノブを回した。 ときどきシンちゃんやカズオミさんがアトリエのソファで仮眠を取ったりしていることがあるから、起こしたら悪いと思って、 ドアを少しだけ開けてそのドアの影からそっと中を覗いた。
「シンちゃん・・・?」
 窓際のイーゼルの近くに立っている人影があった。シンちゃんの横顔が見えた。 しかし、その人影はシンちゃんひとりのものではなかった。シンちゃんの胸に顔を埋めている女の人がそこにいた。
 わたしは思わず息を呑んだ。心臓がトクンとひとつ音をたてた。
 その女の人は、黒いスリムなラインのパンツスーツにヒールの高いパンプスを履いていて、 ウェーブのかかった少し茶色の長い髪が、柔らかく肩を覆っていた。その肩は小刻みに震えていて、泣いているようだった。
 シンちゃんはその人に胸を貸してはいたが、その腕は下に下がったままだった。 が、しばらくすると、シンちゃんはゆっくり両手を上げてその人の腕を軽くつかみ、自分の胸から彼女の身体をそっと引き離した。
 顔を上げたその女の人は、ミチさんだった。ミチさんはいつもと違ってとても大人っぽい感じがして、まるで別人のようだった。
「シン、わたしじゃダメなの?」
 ミチさんは少し掠れた涙声で、シンちゃんの顔を見上げてそう言ったが、シンちゃんは応えなかった。沈黙が流れた。
 突然、ミチさんが両手を上げてシンちゃんの頬を自分のほうに引き寄せると、いきなりシンちゃんに口付けた。 シンちゃんは驚いたような表情をしたが、じっとされるがままにしていた。
 わたしの心臓がトクン、トクン、トクトクトクトク・・・と大きな音を立て始めた。
 そのとき、肩にかけていたバッグがバサッと音を立てて滑り落ちた。 その音に反応してこちらを振り返ったシンちゃんとミチさんがわたしを見た。
 わたしはその瞬間、思わずきびすを返すと、ビルの階段を駆け下りて外に出た。 わき目も振らずに走って、近くの公園まで来てやっと足を止めた。
 なぜ逃げてしまったのだろう?でも、見てはいけないものを見たような気がした。
(シンちゃんが・・・キス・・・ミチさんと・・・。)
 頭が混乱して、こめかみがズキズキと痛んだ。なぜだかわからないけれど涙が溢れてきて、次々に頬を伝った。
 そのとき、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「リリ?」
 シンちゃんの声が聞こえた瞬間、わたしはまた走り出した。 シンちゃんの顔を見たくなかったし、泣いている顔を見られたくもなかった。
 シンちゃんは走り出したわたしを追いかけてきて、わたしの左腕をつかんで止めた。
「リリ、待てよ。話、聞けって。」
 わたしがやっと足を止めると、しんちゃんはわたしの左腕をつかんだまま前に回り、 もう一方の手でわたしの右腕をしっかりとつかんで、顔を覗き込んだ。
「リリ?」
「痛いよ。腕、離してよ。」
 わたしは俯いたまま、小さな声でやっとそう言った。
「わかった。でも、ちゃんと話、聞けよ?」
 わたしが小さく肯くと、シンちゃんは、ようやく強くつかんでいた腕を離した。
「彼女、カズオミと喧嘩したらしいんだ。別れる別れないの話になってて・・・。 その話を聞いてたんだ。そしたら、彼女、泣き出しちゃって・・・。」
「でも・・・キスしてた・・・。」
「ミチは今、ちょっと感情的になってるんだ。それだけなんだ。」
「シンちゃん、わたしのこと子供だと思って誤魔化そうとしてる・・・。」
「そんなことない。ホントにそれだけなんだ。」
「でも、ミチさん、『わたしじゃダメ?』って・・・。それ、どういう意味?・・・ヒドイよ、シンちゃん。 わたしだって・・・、わたしだってシンちゃんのこと、好きなのに・・・。」
 思わずそう口走ってから、自分が言った言葉の意味に気付き、わたしはひどく混乱した。
 好き?わたしが?シンちゃんを?
 何が何だかよくわからなくなって、わたしはまた走り出した。シンちゃんは今度はもう追いかけてこなかった。

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